<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?><feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom" ><generator uri="https://jekyllrb.com/" version="4.4.1">Jekyll</generator><link href="http://localhost:4000/feed.xml" rel="self" type="application/atom+xml" /><link href="http://localhost:4000/" rel="alternate" type="text/html" /><updated>2026-04-19T14:45:33+09:00</updated><id>http://localhost:4000/feed.xml</id><title type="html">鳥の王国 / Fuglekongerige</title><subtitle></subtitle><entry><title type="html">背後に迫る旧世界、あるいはヴィランとしての帝国主義</title><link href="http://localhost:4000/game/2026/04/08/VMDT.html" rel="alternate" type="text/html" title="背後に迫る旧世界、あるいはヴィランとしての帝国主義" /><published>2026-04-08T02:12:06+09:00</published><updated>2026-04-08T02:12:06+09:00</updated><id>http://localhost:4000/game/2026/04/08/VMDT</id><content type="html" xml:base="http://localhost:4000/game/2026/04/08/VMDT.html"><![CDATA[<p>日本語化パッチを公開したゲーム『Anthology of the Killer』について、ごく表面的なものですが、私なりの受け止めを書きました。翻訳したりしたうえでの感想のようなものなので、必ずしも客観的な解説を目指したものではありません。また、ゲーム全体、とりわけ最終作である「Face of the Killer」について、その結末まで触れています。あまりネタバレが体験を損なう類の作品でもないとは思いますが、すべてプレイし終えた方向けに書いています。<br /><br />
こういう文章を書いておいてなんですが、本作の魅力はむしろこういった「政治的」プロットに回収されない過剰さにあるように思います。とはいえ、そういった話をするためにも、まずはこの点を整理しておきたかったので。いつもと文体が違いますが……内容に応じたということで。</p>

<p><br /><br /><br /></p>

<h4 id="背後に迫る旧世界あるいはヴィランとしての帝国主義">背後に迫る旧世界、あるいはヴィランとしての帝国主義</h4>

<p>『Anthology of the Killer』というシリーズの要諦は、最終作「Face of the Killer」、とりわけマッピーによる演説において明瞭に示される。マッピーはそこで、「帝国」の復活を求める人々に対して語りかけ、「神話によって聖別された暴力へと戻る」ことを呼びかける。殺人とは、封建的な過去の時代、力が支配した「神秘と気紛れの時代」へと戻るための儀式だった。</p>

<p><img src="/assets/images/AotK-FotK-2.jpg" /></p>

<p>思えば、これまで登場してきた殺人鬼たちも、そのような過去へのあこがれを隠さなかった。たとえば第２作「Hands of the Killer」に出てきたズー博士は「男性的かつ活力に満ちた視点から西洋の正典を解釈することにより、急進化した若年有権者を取り戻すこと」を任務としていた。博士は、解釈という領野において「革命前」の時代を取り戻そうとしていたわけだ。キラーシリーズに登場する殺人鬼たちの多くは、旧時代のシステムの復活を望む反動的欲望に突き動かされている（「私は昔からずっと墓の中に住みたいと思っていた」）。</p>

<p>「Face of the Killer」のクライマックスはしかし、そんな反動の饗宴が、市の「オーナー」と結託して「法の時代」を呼ぼうとする警察権力によって扇動・簒奪されるところにある。マッピーは封建的時代を呼び戻すために銃を散布したが、それはあくまでも儀式であるはずだった。だが、「クールな警官」はそこに実弾を込めることで圧倒的暴力を招来、儀式を簒奪し「法の時代」（ファシズム！）への呼び水とする。いかにも「ストイックなリアリスト」のやり口だ。</p>

<p><img src="/assets/images/AotK-FotK-4.jpg" /></p>

<p>そうして行政権力の掌握を目論んだ警察は、「政治的っぽいこと」を言う学者を射殺するが、その背後から顔を覗かせた存在こそが「キラー」だった。一連の騒動において常に背後にちらついていた「キラー」（「クライスト的直感に導かれた」機械）は、反動主義者たる殺人鬼らによって称揚されることもあったが、それ自体の駆動因は人知を超えている。いわば暴力そのもの、死そのもののような存在であり、けして手なずけられはしない。卑小な人間的欲求のために「キラー」を利用しようとした殺人鬼たちはみな、反動だろうがファシストだろうがその手にかかって死ぬ。シリーズにおける殺人鬼＝帝国主義者たちは、ホラー映画で超自然的怪物や災厄を呼ぶ科学者のようなものだ。自分たちの手に余る存在と戯れ、そのせいで死ぬ。</p>

<p><img src="/assets/images/AotK-FotK-3.jpg" /></p>

<p>「Face」の最後、郊外に移ったBBの背後にはやはり殺人鬼が迫ってきている。「歴史の最悪の部分」は決して終わってなどいない（あるいは、喜劇として繰り返される）。「Face of the Killer」冒頭で引用されていた言葉を思い出そう：「走れ、同志よ！ 旧き世界は君の背後だ」68年5月にソルボンヌに記されたこのフレーズは、古い世界を置いて走り去れというメッセージだったのかもしれない。だが、逢引の歌が路地裏で殺人鬼に追い詰められる曲に聞こえるように（「To the dark end of the street」）、このスローガンもまた、旧き世界がナイフを持って背後に迫ってきているというホラー的なビジョンへと姿を変えて響き続ける。「終わりを知らないのは帝国ではなく、より強大な想像上の帝国を求める復古運動」なのだから。</p>

<script>
    // すべての注釈参照と注釈リスト項目に番号を自動割り当てする
    (function() {
      // 本文中の注釈参照をすべて取得
      const refs = document.querySelectorAll('.footnote-ref');
      // 注釈リストの各項目を取得
      const notes = document.querySelectorAll('.footnotes li');

      refs.forEach((ref, index) => {
        const num = index + 1;
        // 参照部分のテキストを番号に置き換え
        ref.innerHTML = `<sup>${num}</sup>`;
        // 参照リンクの href と id を設定
        ref.setAttribute('href', `#fn-${num}`);
        ref.setAttribute('id', `ref-${num}`);
      });

      notes.forEach((note, index) => {
        const num = index + 1;
        // 注釈リスト項目の id を設定
        note.setAttribute('id', `fn-${num}`);
        // バックリンクの href を更新（ここでは各注釈内に存在するバックリンク要素を更新）
        const backref = note.querySelector('.footnote-backref');
        if (backref) {
          backref.setAttribute('href', `#ref-${num}`);
        }
        // リスト項目の先頭に番号を追加（必要であれば）
        //note.insertAdjacentHTML('afterbegin', `<strong>${num}. </strong>`);
      });
    })();
</script>]]></content><author><name></name></author><category term="Game" /><category term="AotK" /><summary type="html"><![CDATA[日本語化パッチを公開したゲーム『Anthology of the Killer』について、ごく表面的なものですが、私なりの受け止めを書きました。翻訳したりしたうえでの感想のようなものなので、必ずしも客観的な解説を目指したものではありません。また、ゲーム全体、とりわけ最終作である「Face of the Killer」について、その結末まで触れています。あまりネタバレが体験を損なう類の作品でもないとは思いますが、すべてプレイし終えた方向けに書いています。 こういう文章を書いておいてなんですが、本作の魅力はむしろこういった「政治的」プロットに回収されない過剰さにあるように思います。とはいえ、そういった話をするためにも、まずはこの点を整理しておきたかったので。いつもと文体が違いますが……内容に応じたということで。]]></summary></entry><entry><title type="html">【日本語化】Anthology of the Killer</title><link href="http://localhost:4000/game/2026/03/28/AOTK.html" rel="alternate" type="text/html" title="【日本語化】Anthology of the Killer" /><published>2026-03-28T02:15:06+09:00</published><updated>2026-03-28T02:15:06+09:00</updated><id>http://localhost:4000/game/2026/03/28/AOTK</id><content type="html" xml:base="http://localhost:4000/game/2026/03/28/AOTK.html"><![CDATA[<p>thecatamitesさんのホラーコメディゲーム、Anthology of the Killerの日本語化パッチを作成しました。作者の方に許可をいただいたうえで、非公式パッチとしての配信となります。<br />
適用にあたっては外部プラグインの導入が必要になります。</p>

<h3 id="ゲームについて">ゲームについて</h3>

<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/_iNgSWbzAgg?si=wupSkJ_OwUElzl59" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen=""></iframe>

<p>Anthology of the Killerはthecatamitesさんが数年間にわたって発表していた短編シリーズ（of the Killer シリーズ）の総集編です。アドベンチャー形式のホラー・コメディで、どこかゆるい雰囲気のビジュアルやダイアログのユーモア、それでいて常に漂う空恐ろしさなどが魅力です（ジャンプスケアなし）。2024年にはIGFのNuovo Awardを受賞しました。アンリ・ルソーからビーチボーイズまで、広範な文化を一貫したスタイルの元に参照・統合し、根源と戯れる反動的欲望をコミカルホラーという形で描いた傑作です。</p>

<h3 id="ストアページ">ストアページ</h3>

<p>Steam: <a href="https://store.steampowered.com/app/3212530/Anthology_Of_The_Killer/">https://store.steampowered.com/app/3212530/Anthology_Of_The_Killer/</a><br />
itch: <a href="https://thecatamites.itch.io/anthology-of-the-killer">https://thecatamites.itch.io/anthology-of-the-killer</a><br />
Game Jolt: <a href="https://gamejolt.com/games/anthologyofthekiller/896670">https://gamejolt.com/games/anthologyofthekiller/896670</a></p>

<p>価格：800円/6ドル</p>

<h3 id="あらすじ">あらすじ</h3>

<p>XX市ではさいきん殺人事件が頻発、さまざまな殺人鬼が跋扈しています。そんなXX市に住む女の子のBBは、コミュニティカレッジに通ったり仕事に励んだりするかたわら、暇を見つけてはZINEを製作、事件に巻き込まれた時の経験をレポートしています。やがて、なんども殺人鬼に追い回されているうちに、毎回事件の影に「キラー」という不可思議な存在が見え隠れすることがわかってきます。「キラー」とはなんなのか、殺人鬼たちはいったいなにをもくろんでいるのか、事態はやがてXX市上層部や警察も絡んだ、大規模なものへと発展していきます。</p>

<h3 id="日本語化パッチ">日本語化パッチ</h3>

<p>日本語化ファイル：<a href="/assets/files/AotK_JP.zip" download="">ダウンロード</a></p>

<p>適用方法を説明します。ざっくり言うとXUnity AutoTranslatorを導入したうえで、翻訳キャッシュを上書きするという形での日本語化となります。</p>

<p>まずXUnity AutoTranslatorを導入します。<br />
GitHubのページ（<a href="https://github.com/bbepis/XUnity.AutoTranslator/releases">https://github.com/bbepis/XUnity.AutoTranslator/releases</a>） から最新のReiPatcher版<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a>をダウンロードします。</p>

<p>ダウンロードしたzipを解凍するとexeファイルが出てくるので、それをAnthology of the Killer.exeがあるところにコピーします<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a>。</p>

<p>配置出来たらそのSetupReiPatcherAndAutoTranslator.exeを実行します。</p>

<p>するとAnthology of the Killer (Patch and Run)というショートカットができるのでそれを実行、ランチャーからゲームを一度起動して終了します。<br />
これでXUnity AutoTranslatorがセットアップできました。</p>

<p>次に、ゲームフォルダ内にAutoTranslatorフォルダが生成されているはずなので、そのフォルダを配布ファイル内のAutoTranslatorフォルダで上書きしてください。<br />
次回起動時から日本語で表示されます。</p>

<h3 id="パッチについて">パッチについて</h3>

<p>XUnity AutoTranslatorの翻訳キャッシュを書き換えることで日本語化パッチにしています。
翻訳フロー上、訳し漏れが生じている可能性がそれなりにあります。<br />
もし英語表示のままの場所があった場合はお知らせください。<br />
その際、該当ダイアログへの到達ルートも教えていただけると助かります。<br />
XUnity AutoTranslatorの機能として、Alt+tで翻訳と原文の切り替えが可能です。<br />
歌詞なども翻訳しているので、洋楽に親しんでいるかたなら原文をご確認いただいたほうがピンとくることもあるかもしれません。適宜ご活用ください。</p>

<h3 id="パッチ更新履歴">パッチ更新履歴</h3>

<p>2026/04/19<br />
訳し漏れの修正（FotK）</p>

<p>2026/03/28<br />
公開</p>

<h3 id="参考リンクなど">参考リンクなど</h3>

<p>作者ホームページ：<a href="https://harmonyzone.org">https://harmonyzone.org</a></p>

<p>作者の方のゲーム一覧（itch）：<a href="https://thecatamites.itch.io">https://thecatamites.itch.io</a></p>

<p>Gave Developerによる作者インタビュー：<a href="https://www.gamedeveloper.com/design/how-general-hospital-and-junji-ito-lead-to-the-hilarious-horrors-of-anthology-of-the-killer">https://www.gamedeveloper.com/design/how-general-hospital-and-junji-ito-lead-to-the-hilarious-horrors-of-anthology-of-the-killer</a></p>

<p>Game Joltの作者アカウント。発表作品の振り返りやスケッチが投稿されることも：<a href="https://gamejolt.com/@garmentdistrict">https://gamejolt.com/@garmentdistrict</a></p>

<p>Indie Hell Zoneの記事：<a href="https://indiehellzone.com/2024/06/25/anthology-of-the-killer/">https://indiehellzone.com/2024/06/25/anthology-of-the-killer/</a></p>

<p>The Imaginary Engine Reviewの特集：<a href="https://www.tier-review.com/tag/anthology-of-the-killer/">https://www.tier-review.com/tag/anthology-of-the-killer/</a></p>

<p>Tommy Toneさんによるサウンドトラック：<a href="https://trashtronix.bandcamp.com/album/of-the-killer">https://trashtronix.bandcamp.com/album/of-the-killer</a></p>

<ol class="footnotes">
    <li id="fn-?">
    XUnity.AutoTranslator-ReiPatcher-X.X.X.zipのようなファイル名になっています（日本語化パッチ開発時は5.5.2）。環境によっては他のパッケージが適切なこともあるでしょうが、おそらくそういう状態の方は私より詳しいと思うので、よしなにやってください。<a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>
    <li id="fn-?">
    Steam版の場合、ライブラリ上でゲームを右クリック→管理→ローカルファイルを閲覧で表示できます<a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>
</ol>

<script>
    // すべての注釈参照と注釈リスト項目に番号を自動割り当てする
    (function() {
      // 本文中の注釈参照をすべて取得
      const refs = document.querySelectorAll('.footnote-ref');
      // 注釈リストの各項目を取得
      const notes = document.querySelectorAll('.footnotes li');

      refs.forEach((ref, index) => {
        const num = index + 1;
        // 参照部分のテキストを番号に置き換え
        ref.innerHTML = `<sup>${num}</sup>`;
        // 参照リンクの href と id を設定
        ref.setAttribute('href', `#fn-${num}`);
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      notes.forEach((note, index) => {
        const num = index + 1;
        // 注釈リスト項目の id を設定
        note.setAttribute('id', `fn-${num}`);
        // バックリンクの href を更新（ここでは各注釈内に存在するバックリンク要素を更新）
        const backref = note.querySelector('.footnote-backref');
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        //note.insertAdjacentHTML('afterbegin', `<strong>${num}. </strong>`);
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</script>]]></content><author><name></name></author><category term="Game" /><category term="日本語化" /><category term="AotK" /><summary type="html"><![CDATA[thecatamitesさんのホラーコメディゲーム、Anthology of the Killerの日本語化パッチを作成しました。作者の方に許可をいただいたうえで、非公式パッチとしての配信となります。 適用にあたっては外部プラグインの導入が必要になります。]]></summary></entry><entry><title type="html">Annotations of the Killer</title><link href="http://localhost:4000/game/2026/03/28/AnOTK.html" rel="alternate" type="text/html" title="Annotations of the Killer" /><published>2026-03-28T02:11:06+09:00</published><updated>2026-03-28T02:11:06+09:00</updated><id>http://localhost:4000/game/2026/03/28/AnOTK</id><content type="html" xml:base="http://localhost:4000/game/2026/03/28/AnOTK.html"><![CDATA[<p>日本語化パッチを公開したゲーム『Anthology of the Killer』について、訳している時に調べたメモを公開します。プレイにあたって読まないと支障が出るような情報はないと思います。見当違いや見落としもあるでしょう。とはいえ、せっかくなので、訳注のようなものとしてご参考までに。出典やインスパイア元については、作者による振り返り投稿が情報源のことが多いです。<br />
私がかなり疎いこともあり、洋楽関連には多くの見落としが予想されます。お気づきの点がありましたらぜひご指摘ください。</p>

<p><br /></p>
<blockquote>
  <p>どこから取られたものであれ、すべての要素が新しい関係付けの対象になりうる。［…］二つの感情世界の相互干渉、二つの独立した表現の対置は、それぞれの当初の要素を乗り越え、より優れた効果のある総合的組織化を生じさせる。すべてのものが役立ちうるのである<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a>。</p>
</blockquote>

<blockquote>
  <p>あらゆる殺人は美しい。故に、〈存在〉を破壊しよう――<strong>不毛さによって</strong>。<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a></p>
</blockquote>

<h3 id="voice-of-the-killer"><b>Voice of the Killer</b></h3>
<p><b>バアルの巫女</b><br />
「古代パレスチナの住民が礼拝した神の名。本来は「主」「所有者」などの意味であったが、土地の所有者、豊作をもたらす神の固有名詞となった。エリヤをはじめ旧約の預言者は、バアル宗教と絶えず戦わねばならなかった」<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a><br /><br />
レオノーラ・キャリントン「幸福な死体の物語」<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a>には生命保険会社と電話地獄、「肉（ミート）を食べるだけの会合（ミーティング）」など微妙に関連しそうなイメージが出てくる。</p>

<h3 id="hands-of-the-killer"><b>Hands of the Killer</b></h3>
<p><b>放浪者メルモ</b><br />
タイトルはマチューリンのゴシック小説『放浪者メルモス』 <i>Melmoth the Wanderer</i> から。<br />
この劇（全1,441幕！）は後の「Eyes of the Killer」でBBも上演に参加することになる。<br /><br />
<b>ボンヴェノン</b><br />
エスペラントで「ようこそ」。<br /><br />
<!--
<b>アセファル</b>  
無頭人。バタイユ的文脈か<br>  
-->
<b>必要充足工房（workshops of Necessity）</b><br />
cf. 「だがこれはやはりまだ必然の国なのである。この国の彼方に自己目的としての人間の力の発展が、真の自由の国が始まるわけであるが、しかしそれは必然の国をその基礎としてのみ花開きうるにすぎない」<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a><br /><br />
<b>西洋の正典（Western Canon）</b><br />
ハロルド・ブルームに同名の著作あり<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a>。<br /><br />
<b>POG</b><br />
90年代にアメリカなどで流行した、メンコの一種。<br /></p>

<h3 id="drool-of-the-killer"><b>Drool of the Killer</b></h3>
<p><b>脳みそプール色（swimbofication）</b><br />
bimboficationのもじりか。<br />
bimboficationはbimboになるということで、bimboはある種の女性に対する軽蔑的なスラング（「セクシーなパー女」『リーダーズ英和辞典 第３版』）。<br /></p>

<h3 id="eyes-of-the-killer"><b>Eyes of the Killer</b></h3>
<p>作者による振り返り投稿 <a href="https://gamejolt.com/p/eyes-of-the-killer-wrap-up-zeet9npd">https://gamejolt.com/p/eyes-of-the-killer-wrap-up-zeet9npd</a>  <br /><br />
<!--
<b>紳士あるいは淑女のお方～</b>  
cf. 「この世に生まれいまだこの世を去らぬ紳士淑女諸君、見世物小屋なるは瞑想館に急ぎお入りなされ」（クルチョーヌィフ, 「太陽の征服」, フレーブニコフによる前口上, 亀山郁夫訳, 『ロシア・アバンギャルド５：ポエジア 言葉の復活』, 亀山郁夫・大石雅彦編, 国書刊行会, 1995, p. 79）
-->
<b>怪力たちの対話</b><br />
ロシア未来派の演劇『太陽の征服』（台本クルチョーヌィフ、音楽マチューシン、舞台美術マレーヴィチ）から。ダイアログだけでなく、衣装・音楽も引用されている。亀山郁夫訳<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a>および日本語上演時のプログラム（再構成：千田是也 翻訳：亀山郁夫 上演台本：木島始）に掲載の台本を参考に、ゲーム内の英語から独自に訳出（引用がある場合は今後も常に同様）。同作は今後も複数個所で引用される。<br /><br />
音楽に関することが主眼だが、劇全体についても解説された日本語論文：高橋健一郎, 「未来派オペラ 《太陽の征服》 の音楽について : マチューシンの有機的音楽観と音楽的四次元」, 『札幌大学総合研究』, 10, 2018, p. 135-162（<a href="https://sapporo-u.repo.nii.ac.jp/records/7526">https://sapporo-u.repo.nii.ac.jp/records/7526</a>）  <br /><br />
衣装の雰囲気がわかりやすい動画</p>
<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/7EX7Z9I716U?si=8XhZaXPRiR0XYoLq" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen=""></iframe>
<p><br />
冒頭の音楽</p>
<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/gE6UvQ7nMJ4?si=KUIrUqp6ZggOS80Q" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen=""></iframe>
<p><br /><br />
<b>それは刈り野 黒き雨の降るところ～</b><br />
ゲオルク・トラークル, 「デ・プロフンディス II」冒頭から（tr. by James Wright and Robert Bly）。中村朝子訳<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a>を参照。<br /><br />
<b>緑の池に 赤い魚が～</b><br />
同じくトラークル, 「太陽」第２連から。中村朝子訳<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a>を参照。<br />
未来派にとっての「征服されるべき太陽」としての表現主義・象徴派？<br />
月については、イタリア未来派のマリネッティに「月光を抹殺しよう！ <i>Uccidiamo il Chiaro di Luna!</i>」というマニフェストがある。<br /><br />
<b>役者は演じるキャラクターの知らないことは～</b><br />
cf. 「フュステル・ド・クーランジュは歴史家に、ある時代を追体験しようとするときは、その後の歴史過程について知っていることをすべて頭から払い落としておくように、と勧めている。歴史的唯物論が袂を分かった方法を、これ以上ぴったりと言い表すことはできない。これが感情移入のやり方なのである」<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a>「歴史主義」としてのメソッド演技？<br /><br />
<b>プリズンマン</b><br />
プリズンマンのデザインはジャン・ブノワが1959年に上演した『サド侯爵遺言書の執行』 <i>Exécution du testament du marquis de Sade</i> の衣装から。<br /><br />
<b>ジョン・ビーツ（John Beets）</b><br />
名前はおそらくジョン・キーツ（John Keats）から。代表作『The Windy Stair』はW. B. イエイツ（Yeats）の『螺旋階段』（The Winding Stair）か。<br /><br />
<b>皇帝！ 皇帝！ 死せる我らより敬礼！</b><br />
アルフレッド・ジャリ『反キリスト皇帝』より<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a>。
（さらに元はスエトニウス『ローマ皇帝伝』クラウディウス, 21<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a>）<br /><br />
<b>街の白壁は 常に音を立てる～</b><br />
トラークル, 「没落 第五稿」。中村朝子訳<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a>を参照。<br /><br />
<b>二人組が馬のフリ</b><br />
文字通りには昔ながらの仮装。コクトー台本、バレエ・リュス上演の『パラード』にも出てくる。</p>
<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/_Chq1Ty0nyE?si=FypNb44gi0Vp6bKc&amp;start=88" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen=""></iframe>
<p><br /><br />
<b>我らが見目は昏く～</b><br />
『太陽の征服』から。以降のコーラスも同じく。<br /></p>

<h3 id="flesh-of-the-killer"><b>Flesh of the Killer</b></h3>
<p>作者による振り返り投稿 <a href="https://gamejolt.com/p/flesh-of-the-killer-post-release-notes-2sqzysds">https://gamejolt.com/p/flesh-of-the-killer-post-release-notes-2sqzysds</a>  <br /></p>

<p><b>クロード、マックス、レイ</b><br />
3人の名前はそれぞれクロード・カアン、マックス・エルンスト、レーモン・ルーセルから。<br /><br />
<b>自アバターをヘラクレス化</b><br />
原語Herculesona。ファーソナ（Fursona）のヘラクレス版？<br /><br />
<!--
<b>関係性の美学</b>  
ニコラ・ブリオーが提唱した、現代美術における重要概念。  
-->
<b>Zackler 一族（Zacklers）</b><br />
オピオイド関連の元締めサックラー（Sackler）一族は多くの美術館への寄付も行っていた<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a>。<br /><br />
<b>M.T.ロット（M.T.Lott）</b><br />
ディズニーがフロリダの土地を買収してディズニーランドを作るのに使ったペーパーカンパニーの名義のひとつ<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a>。名前はEmpty Lot（空き地）との語呂合わせか。<br /><br />
<b>道徳改善機械（Morally-Improving Mechanisms）</b><br />
いくつかの機械は実在のモデルがあるとされている。<br />
アルファベットが書かれた円盤はルルスの思考機械。<br />
フェリペ２世が作らせたという僧侶の自動人形。</p>
<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/jiVKnlXcDDg?si=kDBvlgFXXHix1Nni" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen=""></iframe>
<p>ワンパク・デッド・ワイフ（Wanpaku Dead Wife）は <i>The Virtual Museum of Dead-Wifery</i><a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a> のカメオとのこと。<br />
<br /><br />
<b>女性を食べたことで逮捕</b><br />
佐川一政。<br /><br />
<!--
<b>ハンス・オブリスト</b>  
現代美術、とくにキュレーションにおける代表的存在。  
<b>可能世界のうち最善の世界</b>  
ライプニッツの『弁神論』に出てくる表現。<br>  
<b>関心を欠いていて観照的（disinterested contemplation）</b>  
カント『判断力批判』1.1.2など。<br>  
-->
<b>庭園Ⅱ</b><br />
アンリ・ルソー『ライオンのいるジャングル』など。<br /><br />
<img src="https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/13/Henri_Rousseau_-_Jungle_with_Lion.jpg" alt="Henri Rousseau, Jungle with Lion, PD, via Wikimedia Commons" /><br />(Henri Rousseau, Jungle with Lion, PD, via Wikimedia Commons)<br /><br />
<b>最後の王を！！ 最後の司祭のはらわたで！！</b><br />
「最後の王を最後の司祭のはらわたで絞め殺すまで、人は自由になれない」という表現がディドロのものとして流通している。<!--これに近い文章は <i>Les Éleuthéromanes</i> にみられる。« Et ses mains ourdiraient les entrailles du prêtre, / Au défaut d'un cordon pour étrangler les rois. »「その手には司祭の臓物がかかっていた / 王族を縊るがための縄無き故に」 Denis Diderot, <i>Les Éleuthéromanes</i>, éd. par A. Ghio, Paris, 1884, p. 96, <a href="https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k9304829/f97.item#">https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k9304829/f97.item#</a>--><br /><br />
<b>暴君死すべし！！ 慈悲はない！！（Sic semper!! Sic semper!!）</b><br />
暴君はすべからく転覆さるべしという意味のフレーズ “Sic semper tyrannis” （直訳すると「暴君には常にかくの如き（死が、終わりが）」）より。正確な出典は知られていない。<br /></p>

<h3 id="blood-of-the-killer"><b>Blood of the Killer</b></h3>
<p><b>街角歩いて～</b><br />
James Carr, “The Dark End of the Street”</p>
<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/HC3AXQ8dPJM?si=5jPSyGaEDoAGF_61" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen=""></iframe>
<p><br />
<b>クマとフェンシングについての意味不明なエッセイ</b><br />
クライスト「マリオネット劇場について」からの引用。佐藤恵三訳<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a>を参考にした。<br /><br />
<b>我々は闇の中で働き、できることをする</b><br />
ヘンリー・ジェイムズ <i>Middle Years</i>から。映画館まわりにはジェイムズネタが散りばめられている。作者はGame Developerでのインタビューで次のように語っている：「ルチオ・フルチの映画に『子供が怪物なのか、怪物が子供なのか これは誰にもわからないだろう――ヘンリー・ジェイムズ』という引用で終わるのがありました。よりによってヘンリー・ジェイムズから完全にでたらめな引用をでっちあげて、ホラー映画のフレーバーにするというアイディアがとっても魅力的に思えましたね」<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a><br /></p>

<h3 id="ears-of-the-killer"><b>Ears of the Killer</b></h3>
<p>作者によるプレイリスト<br />
<a href="https://gamejolt.com/p/world-o-ears-mgwprqcb">https://gamejolt.com/p/world-o-ears-mgwprqcb</a><br /><br />
<b>誰が最初にボンボン～</b><br />
Barry Mann, “Who Put The Bomp”</p>
<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/AFCXFXworiI?si=cOQg7i5xcPrqxKO6" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen=""></iframe>
<p><br />
<b>口紅ついた～</b><br />
Benny Spellman, “Lipstick Traces”</p>
<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/Vw3sGtfwwYM?si=O-NCAjMYs15n2gfo" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen=""></iframe>
<p><br /><br />
<!-- <b>いかな暦にもない日</b>  
cf. 「歴史の連続を打ち砕いてこじあけようとする意識は、行動の瞬間にある革命的な階級に特有のものである。［……］暦は、ヨーロッパでは百年来というもの、もはやどんなかすかな痕跡すら感じさせることもないかに見えるある歴史意識の、その記念碑なのである」（ベンヤミン, 「歴史の概念について」, 『ベンヤミン・コレクション１ 近代の意味』, 浅井健二郎編訳, ちくま学芸文庫, 1995, p. 660）  -->
<b>Be True To Your School !!</b><br />
The Beach Boys, “Be True To Your School”</p>
<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/CHvi7P5IZHE?si=jpIFT_Mg1ItDet2z" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen=""></iframe>
<p><br />
<b>新しい太陽 怒れる陽が登る～</b><br />
Max Frost and the Troopers, “Shape of Things to Come”</p>
<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/OEXzNx9BZCc?si=ubsIF-ccUUBV9wnF" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen=""></iframe>
<p><br /><br />
<b>みんな行き先考えて～</b><br />
The Beach Boys, “Surfin’ U.S.A.”</p>
<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/enlOHxQ0tb4?si=8h9fEP26RtduS6kJ" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen=""></iframe>

<h3 id="heart-of-the-killer"><b>Heart of the Killer</b></h3>
<p><b>ドリーム・リゾート</b><br />
デザインの元になった絵画が紹介されている（ドロテア・タニング、マックス・エルンスト、フランシス・ピカビア etc.）。一連の絵画はリゾート内にもかかっている <a href="https://gamejolt.com/p/world-o-art-4my428um">https://gamejolt.com/p/world-o-art-4my428um</a><br /><br />
<b>勝ちまくって～</b><br />
Fonda Rae, “Over Like A Fat Rat”</p>
<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/gQSFlZ2oXCA?si=UOmkqYp6ujy6a4BD" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen=""></iframe>
<p><br />
<b>中古車屋の宣伝</b></p>
<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/t7wIkkJNTUQ?si=O6-QmNZMa1OCT1H2" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen=""></iframe>
<p><br />
<b>マーシー</b><br />
マーシーのマスクはゲーム『ウィニングポスト3』からとか。<br />
<a href="https://gamejolt.com/p/image-heap-tctupv5c">https://gamejolt.com/p/image-heap-tctupv5c</a><br /></p>

<h3 id="face-of-the-killer"><b>Face of the Killer</b></h3>
<p><b>走れ、同志よ！～</b><br />
68年5月にソルボンヌに書かれていた政治的落書き« Cours, camarade, le vieux monde est derrière toi. »より。Wayne Gretzkyはカナダのアイスホッケー選手。「チャレンジしなければ100％ミスになる」という出典不明のスポーツ名言の発言主としてよく引用される。<!--米ドラマ <i>The Office</i> にはさらにそこに自分の名前を後付けするというネタも。--><br /><br />
<b>400発ぶちかまし（The 400 Blows）</b><br />
フランソワ・トリュフォーの映画『大人は判ってくれない』（1959）の原題は <i>Les quatre cents coups</i> で、英題はその直訳 <i>The 400 Blows</i><br /><br />
<b>ギニーピッグシリーズ</b><br />
『ギニーピッグ 悪魔の実験』（1985）から続いた、残酷描写が売りのシリーズ<br /><br />
<b>恐竜カルノザウルス～</b><br />
『ダイナソークライシス/恐竜カルノザウルス』（1993）、ウォーホル製作ポール・モリセイ監督の映画『処女の生血』（1974）（あるいは『神話』シリーズから？）、『GUZOO 神に見捨てられしもの』（1986）。<br /><br />
<!--<b>T.S.エリオットの『キャッツ』～</b>  
エリオットはイギリスの詩人。『キャッツ ポッサムおじさんの猫とつき合う法』<i>The Old Possum's Book of Practical Cats</i>という著書がある。エズラ・パウンドは米国の詩人。第二次大戦中、ムッソリーニに心酔していた。<br>  -->
<b>BTKコンサルタント</b><br />
シリアルキラーのデニス・レイダーはBind（拘束）、Torture（拷問）、Kill（殺害）の頭文字からBTKと名乗った。<br /><br />
<b>若いあいだに～</b><br />
Bruce Springsteen, “Born to Run”</p>
<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/IxuThNgl3YA?si=K0Ryfq_vZBzklDvc" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen=""></iframe>
<p><br /><br />
<b>しまったこいつは陽炎だ～</b><br />
Beastie Boys, “Sabotage”</p>
<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/z5rRZdiu1UE?si=pNbmA1hfyKR6DTqH" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen=""></iframe>
<p><br /></p>

<p><b>たまに、幸せすぎて～</b><br />
Robert Lowell, “Robert Frost” in <i>Notebook 1967-68</i>, New York, 1969, p. 74<br /><br />
<!--
<b>市民的正統性（civic legitimacy）</b>  
「正統性」とは、マックス・ウェーバーに遡る政治学の概念。いわく、「「安定した」支配が可能なのは支配に対する正統性信仰によって人々が内面的に支えられた場合のみである」（佐々木毅, 『政治学講義』, 東京大学出版会, 1999, p. 91）。だが、正当性概念は後に空洞化が進み、「
-->
<b>勝利の戦車は進む～</b><br />
『太陽の征服』より。<br /></p>

<p><b>美妙な死体</b><br />
シュルレアリストの文学実験のひとつ。複数人で文などの一部を別々に書いてつなげる。<br />
<br /><br /></p>

<hr />

<ol class="footnotes">
    <li id="fn-?">
    ギー・ドゥボール, 「転用の使用法」, 『ギー・ドゥボール全著作１』, 木下誠訳, 水声社, p.&nbsp;256<a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>
    <li id="fn-?">
    «&nbsp;Tout meurtre est beau&nbsp;: détruisons donc l'Être. ― <i>Par la stérilité</i>.&nbsp;», Alfred Jarry, <i>Être et vivre</i>, dans <i>Œuvres complètes</i>, t.&nbsp;1, éd. Michel Arrivé, Gallimard, «&nbsp;Bibliothèque de la Pléiade&nbsp;», p.&nbsp;344<a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>
    <li id="fn-?">
    『聖書 新共同訳 旧約聖書続編つき』, 日本聖書協会, 1987-8, 付録 p.&nbsp;39, s.v. バアル<a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>
    <li id="fn-?">
    レオノーラ・キャリントン, 『石の扉 キャリントン中・短篇集』, 野中雅代訳, 国書刊行会, 2025, p.&nbsp;165-172<a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>
    <li id="fn-?">
    「資本論」第3巻48章, 『マルクス エンゲルスⅡ』, 鈴木鴻一郎ほか訳, 中央公論社, 世界の名著55, 1980, p.&nbsp;1271<a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>
    <li id="fn-?">
    Harold Bloom, <i>The Westen canon: the books and school of the ages</i>, Harcourt Brace, 1994. ブルームは20世紀後半に興隆した、マルクス主義以降の批評理論を「ルサンチマン学派」と呼んで批判していた。<a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>
    <li id="fn-?">
    「太陽の征服」, 『ロシア・アバンギャルド５：ポエジア 言葉の復活』, 亀山郁夫・大石雅彦編, 国書刊行会, 1995, p.&nbsp;78-99. なお英訳は<i>Victory Over the Sun</i>, tr. Evgeny Steiner, Artists Bookworks, 2009から。これは図版や関連論文のまとまった2巻本で、なかなかいいエディションです。<a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>
    <li id="fn-?">
    『トラークル全詩集』, 中村朝子訳, 青土社, 1983, p.&nbsp;87<a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>
    <li id="fn-?">
    <i>Ibid.</i>, p.&nbsp;245<a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>
    <li id="fn-?">
    W. ベンヤミン, 「歴史の概念について」, 『ベンヤミン・コレクション１ 近代の意味』, 浅井健二郎編訳, ちくま学芸文庫, 1995, p.&nbsp;650<a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>
    <li id="fn-?">
    « Voix souterraines des trois Christs: César! ― <i>César!</i> ― César! ― Ceux qui sont morts te saluent. », Alfred Jarry, <i>César-Antechrist</i>, "L'Acte prologal", scène VI, dans <i>Œuvres complètes</i>, t.&nbsp;1, éd. Michel Arrivé, Gallimard, « Bibliothèque de la Pléiade », p.&nbsp;280<a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>
    <li id="fn-?">
    「最高司令官！ 死にゆく者たちの最後の挨拶です」"Have imperator, morituri te salutant!," 『ローマ皇帝伝（下）』, 国原吉之助訳, 岩波文庫, 1986, p.&nbsp;105<a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>
    <li id="fn-?">
    前掲書, p.&nbsp;209<a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>
    <li id="fn-?">
    参考：<a href="https://forbesjapan.com/articles/detail/31158">https://forbesjapan.com/articles/detail/31158</a><a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>
    <li id="fn-?">
    <a href="https://www.latimes.com/business/la-fi-disney-shell-companies-20160408-story.html">https://www.latimes.com/business/la-fi-disney-shell-companies-20160408-story.html</a><a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>
    <li id="fn-?">
    <a href="https://lilithzone.itch.io/the-virtual-museum-of-dead-wifery">https://lilithzone.itch.io/the-virtual-museum-of-dead-wifery</a><a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>
    <li id="fn-?">
    『無限への憧憬 ドイツ・ロマン派の思想と芸術』, 薗田宗人・深見茂編, 「ドイツ・ロマン派全集」第９巻, 国書刊行会, 1984, p.&nbsp;227-240<a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>
    <li id="fn-?">
    <a href="https://www.gamedeveloper.com/design/how-general-hospital-and-junji-ito-lead-to-the-hilarious-horrors-of-anthology-of-the-killer">https://www.gamedeveloper.com/design/how-general-hospital-and-junji-ito-lead-to-the-hilarious-horrors-of-anthology-of-the-killer</a><a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
    </li>

</ol>

<script>
    // すべての注釈参照と注釈リスト項目に番号を自動割り当てする
    (function() {
      // 本文中の注釈参照をすべて取得
      const refs = document.querySelectorAll('.footnote-ref');
      // 注釈リストの各項目を取得
      const notes = document.querySelectorAll('.footnotes li');

      refs.forEach((ref, index) => {
        const num = index + 1;
        // 参照部分のテキストを番号に置き換え
        ref.innerHTML = `<sup>${num}</sup>`;
        // 参照リンクの href と id を設定
        ref.setAttribute('href', `#fn-${num}`);
        ref.setAttribute('id', `ref-${num}`);
      });

      notes.forEach((note, index) => {
        const num = index + 1;
        // 注釈リスト項目の id を設定
        note.setAttribute('id', `fn-${num}`);
        // バックリンクの href を更新（ここでは各注釈内に存在するバックリンク要素を更新）
        const backref = note.querySelector('.footnote-backref');
        if (backref) {
          backref.setAttribute('href', `#ref-${num}`);
        }
        // リスト項目の先頭に番号を追加（必要であれば）
        //note.insertAdjacentHTML('afterbegin', `<strong>${num}. </strong>`);
      });
    })();
</script>]]></content><author><name></name></author><category term="Game" /><category term="AotK" /><summary type="html"><![CDATA[日本語化パッチを公開したゲーム『Anthology of the Killer』について、訳している時に調べたメモを公開します。プレイにあたって読まないと支障が出るような情報はないと思います。見当違いや見落としもあるでしょう。とはいえ、せっかくなので、訳注のようなものとしてご参考までに。出典やインスパイア元については、作者による振り返り投稿が情報源のことが多いです。 私がかなり疎いこともあり、洋楽関連には多くの見落としが予想されます。お気づきの点がありましたらぜひご指摘ください。]]></summary></entry><entry><title type="html">【翻訳】アメリカ・ユア・フード・イズ・ソー・ゲイ</title><link href="http://localhost:4000/food/2025/12/04/AYFISG.html" rel="alternate" type="text/html" title="【翻訳】アメリカ・ユア・フード・イズ・ソー・ゲイ" /><published>2025-12-04T05:10:06+09:00</published><updated>2025-12-04T05:10:06+09:00</updated><id>http://localhost:4000/food/2025/12/04/AYFISG</id><content type="html" xml:base="http://localhost:4000/food/2025/12/04/AYFISG.html"><![CDATA[<p><blockquote>ここに掲載したのは、John Birdsall, "America, Your Food Is So Gay," in Lucky Peach, vol. 8, "Gender," 2013, p. 20-24 の翻訳です。原文も公開されていて、著者ジョン・バーゾルさんのホームページでも読むことができます（元記事末尾には本文に登場するパットの写真もあります）： <a href="https://www.john-birdsall.com/stories/america-your-food-is-so-gay-queer">https://www.john-birdsall.com/stories/america-your-food-is-so-gay-queer</a>
        。&lt;/p&gt;
        <p>著者のジョン・バーゾルさんはサンフランシスコ出身。料理人として研鑽を積むかたわらフード・ライティングも手掛け、本文中でも言及のある雑誌『センチネル』や、本記事が発表された『ラッキー・ピーチ』など多くの媒体に記事を書いています<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?">?</a>。その後キッチンを離れライティング専業となり、本記事にも出てくるジェームズ・ビアードの評伝『食べ過ぎた男 The Man Who Ate Too Much』（2020）などを手がけています。また、2025年6月には『クィア・フードとは何か：食卓の上の革命 <a href="https://wwnorton.com/books/9781324073796">What is Queer Food?: How We Served a Revolution</a>』という書籍が発売されており、一貫して食におけるクィアという問題を取り扱っています。この記事は、ゲイの料理人や評論家がアメリカ料理のイメージ形成に対して果たした役割を個人的な回想とともに描いて評価され、発表翌年の2014年にジェームズ・ビアード財団賞を受賞しました。</p>
        <p>訳出に当たって著者の方におうかがいしたところ、公開を快諾していただけました。ありがとうございます。</p>
    </blockquote>

<br />

  <p>1970年。ぼくは10歳の内気な少年で、サンフランシスコの南、オークの低木がたちならぶ郊外に住んでいた。ぼくたちの家は丘の中腹にあり、急斜面から伸びる支柱の上に建っていた。窓から見えるのは小さなアロヨ<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?"><sup>?</sup></a>と、一軒の家。その家にはふたりの男性が住んでいた。ぼくはその人たちのことを親戚のおじさんのように思っていて、（遺伝子を共有するおじ以上に）大好きだった。</p>

<p>だが、このふたり、パットとルーのことが好きなのはぼくと、兄のウォルター、母さん、そして父さんだけだった。近所の人たちはみんな、ふたりを軽蔑していた。当時、カリフォルニアではいまだに男が男にフェラすることは犯罪だった。近所の人たちがふたりを嫌ったのは、彼らが堂々たるターコイズのシーツに包まれたベッドで一緒に寝ていたからだった。ルーが主婦のように家に残って、仕事から帰ってきたパットに用意するためのステーキや、詰物をしたポテトなんかを求めてセーフウェイ<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?">?</a>をうろうろしているからだった。</p>
    
<p>（ぼくの両親はなぜパットとルーに対する一般的な嫌悪感――これは消極的・積極的に距離を置くことや、ときには金切り声を通じて表現された――を共有していなかったのだろうか？　のちにわかったことだが、ぼくの母はまさに「おこげ」<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?">?</a>だった。そして、父はいじめを憎んでいた。父はゲイに対して微妙な思いを抱いていたが、いじめを憎む気持ちのほうが上回っていた）</p>
    
<p>パットとルーは毎晩カクテルアワーを設けていた。峡谷に建つふたりの家は農園風で、天井の梁がむき出しになっていた。ベロアのバケットチェアに座ると、オークの根元にたくさん生えている緋色や紫色のアイリスを見晴らすことができた。ふたりはお揃いのポプリンのつなぎを着て、コーデュロイのスリッパを履き、毛並みの整ったミニチュア・シュナウザー（名前はカート）に、カクテルリングをつけた指からナッツを飛ばしてやる。両親がアイアンゲートレストランにスキャンピやサルティンボッカを食べに行く<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?">?</a>ときはいつも、ぼくたちはパットとルーのところに預けられていた。</p>
    
<p>そういう夜、ルーがぼくたちに作ってくれたのは、母なら決して作らない、気の違ったような料理だった。とても大人が10歳児に食わせるものではない豪華さだった。キャセロールはモントレージャックチーズがつなぎで、オリーブと仔牛挽肉、缶詰のマッシュルームでできていた。ルーのハンバーガーも有名だった。彼のバーガーはほんとうに贅沢で、塩気が効いていて、カラメル色の玉ねぎと砕いたロックフォールチーズがふんだんにまぶされていた。電気式ブロイラーで火入れして、下塗りにはグレープポン<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?">?</a>がたっぷり使われていた。いつも半分食べるだけで胸焼けしてしまったが、それも含めてすべてを愛していた。</p>
    
<p>今にして思えば、ルーのバーガーにはぼくの食の好みの基本的な要素が見て取れる。それは、栄養バランスや家計によるつまらぬ制限など歯牙にもかけないという態度だ。ルーのバーガーは大人の快楽を最大化するよう構築されていて、記号的な豊かさが具現化したものだった。まさにジェームズ・ビアードがアメリカ人に伝えた食べ方だ（ぼくの知る限り、ルーのレシピはビアードのものそのままだった）。いま振り返ってみると、ルーのバーガーは揺るぎなく、一切の余地なく、圧倒的にクィアに思える。</p>
    
<p>1970年というのは、アメリカにおける食への関心が、50年代的な、世界の認めるかびの生えた高級料理（オート・キュイジーヌ）からようやく脱したところだった。われわれアメリカ人は広く世界に関心を持つようになり、いままでになく食と旅行にコストをかける意欲が高まった。そしてアメリカにおける現代料理の構造を決める建築家となったのは三人のゲイ男性――ジェームズ・ビアード、リチャード・オルニー、そしてクレイグ・クレイボーンだった。トーマス・ケラー<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?">?</a>やダニエル・パターソン<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?">?</a>の料理にはこの三人の影響が見て取れるし、アリス・ウォータースがシェ・パニースで40年にわたって差配したメニューにも影響している。彼らの影響とは、食における快楽に対して非常に真剣に取り組むという姿勢である。快楽の追求それ自体を目的とし、それを政治的・生得的な権利として主張し、文化の賜物とみなす――このような態度は、現代のアメリカ食文化を形成したフードライターたちの遺産なのだ。</p>
   
<p>たしかに、現代アメリカ料理という無秩序で捉えがたいものを、これまた曖昧な観点である「クィア的視点」に帰するのは恣意的かもしれない。そのクィア性が男性のものに限られるのだからなおさらだ。ぼくがこの問題に取り組み始めたのは80年代後半、『Sentinel』という、いまはもう廃刊になったサンフランシスコのゲイ向け週刊誌で食べ物について書いていた頃だった。ぼくの編集者だった故エリック・ヘルマンはいつも、「ゲイに固有の感性というものはあるだろうか？　芸術作品にそれを認めることができるだろうか？」という問題に取り組んでいた。</p>
    
<p>ぼくがルーのブルーチーズバーガーに心酔していたころ、ハリー・ヘイというゲイ活動家がサンフランシスコでラディカル・フェアリーズという運動を組織していた。彼らは荒野で数日間にわたって行われるフェアリー・サークルというイベントを催していた。これは男性だけで行う小規模なバーニングマンのようなものだが、サイロシビンを摂取してサークル・ジャークをしていた<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?">?</a>。ヘイは最初期のゲイのための権利協会、マタシン協会の創設者だった。1970年になると、ヘイはゲイ男性はストレートの人々とは精神構造が異なっているという結論に至った。ホモセクシャルの人々は常に社会においてシャーマンや予言者となり、冷遇され、貶められ、さもなくばかろうじて存在だけは許されるという境遇で、周縁化されて生きてきた（ヘイは2002年に没したが、反同化主義者だった彼は現在の同性婚闘争をみたら衝撃を受けることだろう）。ゲイの人々は芸術家で、創作者で、いまゲイを憎んでいる文化一般もそもそもはゲイが作ったのだ、とされた。</p>
    
<p>ぼく自身はヘイのゲイ優越主義を完全に信じているわけではない。それでも、さきほどの編集者による「ゲイ的感性は存在するか？」という疑問は、レストラン業界でやっていこうとしているぼくにとって、禅の公案のように響いた（その頃のぼくはフードライターとしてはパートタイムで、主な収入源はレストランでの厨房勤務だった）。サンフランシスコという、アメリカでももっともゲイ的な街においてすら、さまざまな職において主要な役職を占めるのはゲイフォビックな男たちだった。ある厨房では、サラダセクションは女と「女の腐ったの」（ぼくのようなゲイのこと）ばっかりだ、というジョークが流行っていた。表面上はぼくもみなと一緒に笑っていたが、心の底では、お前らのほうがよっぽどヘタクソなくせにと思っていた。</p>
    
<p>料理においてゲイ的感性が存在するとすれば、それはぼくが作る冷製メニューにこそ見いだすことができた。そこでぼくが作るものには、逃れ得ない疎外から生まれた痛切さがあった。ホゼのソテーセクションから出てくるフィッシュシチューは、技術的には完璧だったかもしれないが、同時に機械的でもあった。ぼくの作るサラド・コンポゼ（コンビネーションサラダ）は藪なす憧れであり、葉や花が吹き寄せられ、小さなハーブや人参はまるでなにか自然の強大な力によってそこに飛ばされてきたようだった。ぼくを突き動かしていたのは料理へと昇華された怒りだった。アウトサイダーとしてなにかを示すために、手元にある素材をもとに、その限界を超えるものを作ろうとしていた。</p>
    
<p>ぼくはオルニーにも同じものがあると感じる。オルニーはアイオワのマラトンで育ったが、画家になるためにパリに向かい故国を捨てた。これは同じくゲイで有名なジェームズ・ボールドウィン<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?">?</a>がレイシズムとお上品さに嫌気がさしてアメリカを離れてから十数年後のことだ。オルニーは画家としては鳴かず飛ばずだったが、彼の芸術性は日々の生活において発揮された。彼はマルセイユの東80キロほどのソリエ＝トゥカ Solliès-Toucas にあった廃農場を買い、なんとかそこでの生活を再建していった。石灰岩を切り開いてワインセラーをつくり、夏には近くの丘に生えるセルポレという野生のタイムを集めて乾燥させ、お酢やジャムを作った。さらに、作業に呼んだ配管工や石工たちから聞き取りをして、ドーブやテリーヌ、マトロートなどの、詳細が知られていなかった地元料理に関する情報を集めた。こういった料理は、1960年代のフランスですでに絶滅の危機が迫っていたのだ。</p>
    
<p>ウォルト・ホイットマンの『草の葉』が本というよりも彼の詩論が息づくひとつの生命体であるように、オルニーの『シンプル・フレンチ・フード　Simple French Food』（1974）もまた脈打つ作品だ。ジュリア・チャイルドの『フランス料理法 Mastering the Art of French Cooking』が夫の上司が来た時に仕方なく開くマニュアル本だとすれば、『シンプル・フレンチ・フード』は生活方針のマニフェストだ。1974年には、オルニーのように料理しようと思ってもA&amp;P<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?">?</a>に乗り付けて買い物するというわけにはいかなかった。まず生活そのものを変えるところから始めねばならなかった。</p>
    
<p>シェ・パニースに雇われた最初の正式なシェフであるジェレミア・タワーを指導したのもオルニーだった（ふたりはいっとき恋愛関係にもあった）。アリス・ウォータースはオルニーのいるソリエ＝トゥカを訪問し、そこから多くのものを受け継いだ。信念を欠いたシステムから距離を置くことの重要性、食べ物の持つ没入感を生み出す力、そしてソースから手作りする個人的手料理の希求といった精神は、現代のアメリカで働くすべての料理人にとって理想であり続けている。オルニーはサラダを担当する物静かでクィアな少年だったが、やがて誰もがそこを訪れたいと思うようになったのだ。</p>
    
<p>一方、クレイボーンはブレザーにローファー姿でリュテス<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?">?</a>のテラス席にいるような、アメリカ料理界の重鎮だった。彼は1982年に、いっぷう変わった、ギムレットの香りただよう自伝『楽しい饗宴 A Feast Made for Laughter』を出版するまで公式にはカムアウトしていなかったが、それまでも20世紀なかばの職業人が送るタイプのゲイ的生活を送っていた。公的には「独身貴族」をつらぬき、みずからの趣味の良さを（セックス抜きで）誇る、食のミスター・ベルヴェデーレ<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?">?</a>となったのだ。1957年にクレイボーンはニューヨーク・タイムズ紙のフード欄編集長に就任する。これは、50年代にはそれほど威信あるポジションではなかった。当時のNYTのフード欄は他のアメリカの日刊紙と大差なく、退屈で、言及するのはサービス面についてばかりだった。しかしクレイボーンは食を映画やバレエなみの批評に値する存在へと引き上げ、料理批評の重要性を確立した。彼が築いた基礎のおかげで、ジョナサン・ゴールド<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?">?</a>などのより優れた作家や批評家たちがアメリカ文化を見守っていくためのプラットフォームができた。</p>
    
<p>こどものころ、母が持っていたクレイボーンの『ニューヨーク・タイムズの料理本 New York Times Cookbook』を熱心に読んでいたときのことを思い出す。そのなかのある写真がぼくの目を引いた。それは「典型的ブランチ」というキャプションが付いた白黒の写真で、氷のたくさん入った大きなグラスに搾りたてのオレンジジュースが入っていた。そばには銀色のかごがあり、つぶつぶが散りばめられた、きらきらのブリオッシュが入っていた。ぼくはこんな生活がしてみたかった。日当たりの良いアパートメントで朝日を受けて目覚め、バターとオレンジの甘みが舌に広がるのを、目を閉じてじっくりと味わうのだ。クレイボーンはぼくたちに、食べる楽しみというものを重大な問題ととらえてもいいと教えてくれた。たとえほんのささいなものであっても、その楽しみは決して罪深いものではなく、文化の叡智を体現するものなのだ。パンがなんだ、ケーキを食うぞ。</p>
    
<p>ビアードがやったのも似たようなことだが、やり方がもっとアメリカ的だった。マクドナルドのレイ・クロックがハンバーガーを矮小化し、そっと握りしめただけでゴルフボールサイズの脂とデンプンの塊になってしまうようなものに仕立て上げていた時代に、ビアードはわれわれにアメリカ料理は処女林のように無垢な素材から切り出されるもので、巨大さが不可欠だとわからせてくれた。</p>
    
<p>1930年代、ビアードは男性と性交渉を持ったことを密告され、オレゴンのリード・カレッジを放校された。ビアードの料理本には昇華された欲望が感じ取れる。屋外へのあこがれ、強烈なフレーバー、ありあまる脂、そして大量に使われた豪華な肉。ビアードは公的には、尽きることのない食欲をもった、ボウタイをした独身美食家として通り、アメリカ料理を（彼同様の）トリプルXLサイズへと作り直した。</p>
    
<p>マクドナルドが大量生産する以前から、ハンバーガーというのはカウンターで食べるようなランチ向けのチープな食事だった。ビアードはそれを、アバクロンビーの上裸のモデルのごとく象徴的存在にした。自分で挽いた、肉汁滴る３インチ厚のサーロインを炭火でグリルし、たっぷりバターを塗った自家製バンズに乗せる――これこそがアメリカ全土の高級レストランのメニューに載るハンバーガーだ。ビアードはハンバーガーとは昔からずっとこのようなものだったのだとアメリカ人に教え込み、欲望の追求はいつの時代においてもアメリカ的な美徳だったということにしたのだ。</p>
    
<p>ビアードはアメリカ人に、食卓では快楽主義者になってもいいというマナーを教えた。お金をもらって、バーズアイやオマハステーキ<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?">?</a>などのブランドを宣伝するときでさえ、彼は美食家になろうとするのはキャディラックを転がしたいと思うようなもので、まったく恥ずかしいことではないと教えてくれる。『ジェームズ・ビアードのアメリカ料理 James Beard's American Cookery』（1972）にはほのかに倒錯的なところがある。それはアメリカの食の伝統についての修正主義的な主張で、アメリカ人はつねにスクラップル<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?">?</a>やボストン・ベイクド・ビーンズ、チーズバーガーなどに潜む食の快楽を重視してきたということにしたのだ。ビアードは「アメリカ料理の学長」と呼ばれたが、それはあたかも、この新しく提唱された快楽中心的な料理観の背後に学術的な裏付けがあるかのようだった。ビアードは上品さと放埒さを兼ね備えた、不思議な立ち位置にいた。</p>
    
<p>1980年代、ビアードはしばしばサンフランシスコを訪れていたが、ある時、当時ぼくが勤めていたレストランで食事をとったことがあった。ぼくはちょうど休みをとっていたのだが、その日働いていた給仕助手のひとりは、すこし子供っぽい、いかにもアメリカ人という感じのゲイだった。その子がビアードにいつかパン屋になりたいという話をしたら、ビアードは彼を自分が泊まっているホテルに招き、明日の朝に来てくれればパンについて話そうと言った。その給仕助手がホテルを訪れると、「アメリカ料理の学長」はシルクのローブを纏ってスイートの寝室の椅子に座っていた。パン屋志望の彼がぼくに語ってくれたところによると、その子が会話の途中にふと視線をそらすと、つぎに視線を戻したとき、ビアードは相変わらずパイやレイヤーケーキについて話しているのだが、着ていたローブをはだけ、その下の裸体をさらしていたという。その子は狼狽して目をそらし、そちらを見ないようにした。再び視線を戻すと、ビアードはローブを戻して何事もなかったかのように話を続けていた。</p>
    
<p>これこそがビアードの料理の本質だ。きっちりしたサルカのローブに覆われているが、そのローブは常に、恥じることのない快楽主義をみせつけるためにずりおちようとしている。</p>
    
<p>この快楽重視の姿勢が一般化したことによって、80年代から90年代にかけてのアメリカのレストランに特徴的なあの贅沢さ（キハダマグロやキャビア、フォアグラ、クレーム・フレッシュにマスカルポーネが中級レストランのメニューにすら載っていた）が出現することになる。その姿勢はアメリカでスローフードが重視されるようになることも助けたと考えている。スローフードは企業の都合よりも味を重視し、食卓における快楽の追求は政治的な行為だと主張するからだ。だが、ゲイがアメリカのレストランの厨房に溢れかえり、その料理を通じてクィアな視点を表現するということは（エリザベス・フォークナー<a href="#fn-?" class="footnote-ref" id="ref-?">?</a>のような少数の一匹狼を除けば）実際には起きなかった。ペイストリー部門は、ぼくが働いていた頃に追いやられていた冷菜部門と同様、ゲイにとっての安全地帯になっている。クィアなフードライターたちがアメリカにおける食についての考え方を根本的に変えたとはいえ、ゲイはいまだ周縁的な存在なのだ。</p>
    
<p>ルーが作ってくれたバーガーを最後に食べたのがいつだったかはよくわからないが、1970年よりそう後ということはないはずだ。ぼくが中学生のころに、パットが心臓麻痺で亡くなった。彼の母親と姉妹がセントルイスからやってきて、死体を引き取った。ルーは葬式に呼ばれなかった。パットの母親と姉妹たちはパットの服やカクテルリングなど、すべてのものを持って帰った。オークの下のアイリスはまばらになり、ルーは酒に溺れた。ルーは新しい彼氏を見つけた。背の低いカナダ人で、車は紫色のAMC・グレムリンに乗っていた。そのカナダ人は、ぼくの母も含めてみんなに嫌われていた（母は彼を「ゲイすぎる」と考えていた）。ぼくが大学に進学して以降のルーのことはわからない。母によると彼は家を売り、海沿いのトレーラーハウスパークで生活していたというが、母もそこに行くことはなかった。</p>
    
<p>大学を出ると、ぼくはサンフランシスコに移り彼氏を見つけた。彼がぼくに料理のことを教えてくれた。ぼくたちは一緒にオルニーの『シンプル・フレンチ・フード』を音読し、料理し、お互いの快楽を学者のように研究した。</p>

<br />
<br />

<h5>注</h5>
<br />

<ol class="footnotes">
        <li id="fn-?">
          掲載誌『ラッキー・ピーチ』終刊に寄せた文章によると、本記事は前号掲載ぶんを書いた直後に一週間で書かれたとか：<a href="https://www.eater.com/2017/3/16/14929500/lucky-peach-folding-tributes">https://www.eater.com/2017/3/16/14929500/lucky-peach-folding-tributes</a> <a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
        </li>
        <li id="fn-?">
          南西部の乾燥地に見られる涸れ谷。 <a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
        </li>
        <li id="fn-?">
          アメリカのスーパーマーケットチェーン。 <a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
        </li>
        <li id="fn-?">
          原語は「ファグ・ハグ fag hag」。ゲイ男性と親しくすることを好む（シス・ヘテロの）女性。 <a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
        </li>
        <li id="fn-?">
          アイアンゲートはサンフランシスコにある老舗高級レストラン。1950年代創業：<a href="https://www.iron-gate.com">https://www.iron-gate.com</a> スキャンピはエビの炒め物。サルティンボッカは薄切り子牛肉にセージと生ハムを乗せて焼いた料理。 <a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
        </li>
        <li id="fn-?">
          フランスのマスタードブランド。 <a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
        </li>
        <li id="fn-?">
          アメリカのシェフ。1994年からカリフォルニアの有名レストラン「フレンチ・ランドリー」を経営。 <a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
        </li>
        <li id="fn-?">
          アメリカのシェフ。2006年、サンフランシスコにレストラン「COI」をオープン。 <a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
        </li>
        <li id="fn-?">
          サイロシビンはシビレタケの一種で幻覚作用がある。サークル・ジャークは男性が輪になって一緒に自慰行為をすること。 <a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
        </li>
        <li id="fn-?">
          アメリカの黒人作家。1948年に渡欧。 <a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
        </li>
        <li id="fn-?">
          アメリカのスーパーマーケットチェーン。 <a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
        </li>
        <li id="fn-?">
          ニューヨークにあったフレンチレストラン。 <a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
        </li>
        <li id="fn-?">
          独身男性が主人公のシットコム・ドラマ。 <a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
        </li>
        <li id="fn-?">
          ロサンゼルスを中心に活動した料理評論家。 <a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
        </li>
        <li id="fn-?">
          バーズアイは冷凍食品ブランド。オマハステーキは食肉小売業者。 <a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
        </li>
        <li id="fn-?">
          ペンシルベニアの伝統的料理。細かい肉を穀物の粉などとまとめてローフにし、焼いて食べる。 <a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
        </li>
        <li id="fn-?">
          オープンリーレズビアンのシェフ。 <a href="#ref-?" class="footnote-backref">↩︎</a>
        </li>
      </ol>



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</script></p>]]></content><author><name></name></author><category term="Food" /><category term="LGBTQ+" /><category term="その他翻訳" /><summary type="html"><![CDATA[ここに掲載したのは、John Birdsall, "America, Your Food Is So Gay," in Lucky Peach, vol. 8, "Gender," 2013, p. 20-24 の翻訳です。原文も公開されていて、著者ジョン・バーゾルさんのホームページでも読むことができます（元記事末尾には本文に登場するパットの写真もあります）： https://www.john-birdsall.com/stories/america-your-food-is-so-gay-queer 。&lt;/p&gt; 著者のジョン・バーゾルさんはサンフランシスコ出身。料理人として研鑽を積むかたわらフード・ライティングも手掛け、本文中でも言及のある雑誌『センチネル』や、本記事が発表された『ラッキー・ピーチ』など多くの媒体に記事を書いています?。その後キッチンを離れライティング専業となり、本記事にも出てくるジェームズ・ビアードの評伝『食べ過ぎた男 The Man Who Ate Too Much』（2020）などを手がけています。また、2025年6月には『クィア・フードとは何か：食卓の上の革命 What is Queer Food?: How We Served a Revolution』という書籍が発売されており、一貫して食におけるクィアという問題を取り扱っています。この記事は、ゲイの料理人や評論家がアメリカ料理のイメージ形成に対して果たした役割を個人的な回想とともに描いて評価され、発表翌年の2014年にジェームズ・ビアード財団賞を受賞しました。 訳出に当たって著者の方におうかがいしたところ、公開を快諾していただけました。ありがとうございます。]]></summary></entry><entry><title type="html">【日本語化/成人向】彼は私の中の少女を犯し尽くした</title><link href="http://localhost:4000/game/2025/11/28/HFTGOOM.html" rel="alternate" type="text/html" title="【日本語化/成人向】彼は私の中の少女を犯し尽くした" /><published>2025-11-28T05:10:06+09:00</published><updated>2025-11-28T05:10:06+09:00</updated><id>http://localhost:4000/game/2025/11/28/HFTGOOM</id><content type="html" xml:base="http://localhost:4000/game/2025/11/28/HFTGOOM.html"><![CDATA[<p>テイラー・マッキュー（Taylor McCue）さんが製作したゲーム『彼は私の中の少女を犯し尽くした He Fucked The Girl Out Of Me』（HFTGOOM）を日本語化したので紹介します。</p>

<p>ストアページ：<br />
<a href="https://taylormccue.itch.io/hftgoom">itch.io</a>, <a href="https://store.steampowered.com/app/2293660/__HFTGOOM/">Steam</a>, <a href="https://elog.tokyo/novel/game_1153.html">エロゲと饗</a>（リンク先成人向け）, <a href="https://taylormccue.neocities.org">作者公式ページ</a><br /></p>

<p>作者の方と相談のうえ、本サイトでも日本語版を公開しています。こちらから年齢確認のうえプレイ可能です：<a href="/assets/index.html">年齢確認ページ</a></p>

<p>価格：無料（投銭方式）<br />
ゲーム製作の過程などがわかるボーナスパックも有料で販売されています。部分的にですが日本語化してあるので、こちらの購入もぜひご検討ください。</p>

<p>内容に関する注意：作者の方により成人指定されています。細かい注意はゲーム内で表示されますが、本作ではトランス女性として非合法なセックスワークに従事した際の経験が扱われています。</p>

<h3 id="ゲームについて">ゲームについて</h3>

<p><img src="/assets/images/HFTGOOM6.jpg" /></p>

<p>（以下の文章ではゲームの内容に触れています）</p>

<p>HFTGOOMでは、トランス女性として非合法なセックスワークに従事した際の経験やそのスティグマ化、そしてそのようなトラウマをどのようにして語るか、といった問題が扱われています。</p>

<p>形式的にはインタラクティブなビジュアルノベルで、プレイヤーは語り手の話を読みつつ、ときにキャラクターを操作します。ゲームボーイ互換形式で作られており、実機でも動作します。</p>

<p>ゲームを始めると語り手はまず、自らの経験を語ることの困難から話を始めます。抽象化された断片的な記憶がゆっくりと具体的な記述へと移行し、そしてまた断片化していくさまは、語り手のたどった思考をたどっていくように感じさせます。</p>

<p>そのようにして語られるのは、セックスワークに従事した際の経験です。トランス女性である語り手は、ホルモン治療にかかる費用が捻出できず困っていたときに、知人のトランス女性からの手引きを受けて、いわゆるパパ活的なセックスワークを始めます。</p>

<p>物語の中核をなしているのはそこでのトラウマ的な体験です。この経験以降、語り手は社会生活や人間関係において、それまでとは大きく異なった認知の枠組みから逃れられなくなります。そのトラウマは語り得ないものとして残り続け、語り手は内面的な恥の中にとらわれ続けます。</p>

<p>語り手にとって、トラウマ的経験のもっとも重大な点は、まさにその語り得なさにあります。恥の感覚を捨て、トラウマを克服するためにはその経験を語ることが必要なのに、トラウマは断片的で、あまりに多面的で、種々の前提を共有していない他人に理解可能な形で伝えるのは不可能に思えてしまうのです。HFTGOOMは、その語り得ない経験がいかにしてゲームとなっていったかという、その過程自体を伝えるものでもあります。</p>

<p>プレイ時間は１時間以内、itch.ioや作者の方のホームページ、およびこのサイトではブラウザ上でプレイ可能です。内容に関する注意には留意の上、ぜひ触れてみてください。ちなみに、このゲームはほとんどの場面でBGMや効果音は鳴らないのですが、１箇所だけ音が鳴ります。個人的にこの演出がとても印象に残っているので、ぜひ音の聞ける状態でプレイしてみてください。</p>]]></content><author><name></name></author><category term="Game" /><category term="日本語化" /><category term="ビジュアルノベル" /><category term="LGBTQ+" /><summary type="html"><![CDATA[テイラー・マッキュー（Taylor McCue）さんが製作したゲーム『彼は私の中の少女を犯し尽くした He Fucked The Girl Out Of Me』（HFTGOOM）を日本語化したので紹介します。]]></summary></entry><entry><title type="html">【日本語化】ダンジョンズ＆レズビアンズ</title><link href="http://localhost:4000/game/2025/11/27/D&L.html" rel="alternate" type="text/html" title="【日本語化】ダンジョンズ＆レズビアンズ" /><published>2025-11-27T05:10:06+09:00</published><updated>2025-11-27T05:10:06+09:00</updated><id>http://localhost:4000/game/2025/11/27/D&amp;L</id><content type="html" xml:base="http://localhost:4000/game/2025/11/27/D&amp;L.html"><![CDATA[<p>itch.ioで公開されているビジュアルノベル、『ダンジョンズ＆レズビアンズ（原題：Dungeons &amp; Lesbians）』を日本語化しました。作者の方の許可を頂いたうえでの、パッチ形式での配布（非公式・公認）になっています。</p>

<p>ストアページ：<a href="https://noeybodys.itch.io/dungeonsandlesbians">https://noeybodys.itch.io/dungeonsandlesbians</a></p>

<p>価格：4ドル～</p>

<h3 id="あらすじ">あらすじ</h3>

<p>いかした小さなレズビアンになって、友だちとダンジョンズ＆ドラゴンズをプレイ（ダイスロールもあるよ）！　ついでに気になるあの子と仲良くなろう！</p>

<p><img src="/assets/images/D&amp;L.webp" alt="ラフィー（左）、レナ（真ん中）、グウェン（右）" /></p>

<h3 id="登場人物紹介">登場人物紹介</h3>

<p>主人公：プレイヤー（代名詞はShe/herもしくはThey/themから選べます）。さいきん画像の三人（＋ひとり）のグループと仲良くなって、一緒にD&amp;Dをプレイしています。今日はあなたの初セッション。</p>

<p>レナ：画像中央、メガネの女性。しっかりもののお姉さんタイプで、みんなで遊んでいる家の主でもあります。D&amp;Dではゲームマスターとして絶対の権力をふるいます。みんなに知られていない一面がありそうな……？</p>

<p>ラフィー：画像左ののっぽさん。D&amp;Dではパラディンとして壁役をこなします。いたずらが大好き。じつは隠された過去が……？</p>

<p>グウェン：画像右のおちびさん。主人公の仇敵。D&amp;Dではハンター。秘密の趣味があるような……？</p>

<p>ジモシー：タイトルでラフィーとレナの間にいるモブっぽい男の子。存在からして謎めいている。</p>

<h3 id="ゲームについて">ゲームについて</h3>

<p>プレイヤーはさいきんD&amp;Dに興味をもって友だちとプレイしているところ（職業はバード）。セッションのなかで、友だちにも知られざる一面があることが見えてきて、あなたはそこに興味を持ち、だんだん気になってきて……という感じです。<br />
システムとしてはとくに変わったところはなく、キャラが一通り紹介されたあとは、気になるキャラクターに関する選択肢を選んでいくだけです。また、特定の一人と関係を発展させるわけではないルートも存在します。全体的にコミカルで気軽な雰囲気で、「実存的不安に苦しむ」ようなパートはほとんどありません。発表当時のtumblr画像ネタがふんだんに使われているのも特徴的です。内輪ネタと言えばそうなんですが、その内輪感がゲーム自体の親密な雰囲気作りに貢献している気がします。</p>

<p>軽いノリではありますが、友人から恋人への変化や、その過程で自分を受け入れてもらうことなどが非常にポジティブに描かれています。</p>

<h3 id="日本語化について">日本語化について</h3>

<p>日本語化ファイル：<a href="/assets/files/Dungeons_and_Lesbians_JP-master.zip" download="">ダウンロード</a></p>

<p>日本語化ファイルをダウンロードして解凍、出てきたJapaneseフォルダをDungeonsAndLesbians-1.2-win/game/tlフォルダの中においてください。<br />
次回起動時から日本語で起動します。</p>

<p>英語に戻したいときはJapaneseフォルダを削除してください。</p>]]></content><author><name></name></author><category term="Game" /><category term="日本語化" /><category term="ビジュアルノベル" /><category term="LGBTQ+" /><summary type="html"><![CDATA[itch.ioで公開されているビジュアルノベル、『ダンジョンズ＆レズビアンズ（原題：Dungeons &amp; Lesbians）』を日本語化しました。作者の方の許可を頂いたうえでの、パッチ形式での配布（非公式・公認）になっています。]]></summary></entry><entry><title type="html">【日本語化】ペイトンの術後訪問記</title><link href="http://localhost:4000/game/2025/11/27/PPOV.html" rel="alternate" type="text/html" title="【日本語化】ペイトンの術後訪問記" /><published>2025-11-27T05:10:06+09:00</published><updated>2025-11-27T05:10:06+09:00</updated><id>http://localhost:4000/game/2025/11/27/PPOV</id><content type="html" xml:base="http://localhost:4000/game/2025/11/27/PPOV.html"><![CDATA[<p>itch.ioで公開されているビジュアルノベル、『ペイトンの術後訪問記（原題：Peyton’s Post-Op Visits）』を日本語化したので、ここで簡単にその内容を紹介したいと思います。今回は作者の方のお力添えもあって、公式にゲーム内に日本語を追加していただけました。</p>

<p>ストアページ：<a href="https://littlerat.itch.io/peytons-post-op-visits">https://littlerat.itch.io/peytons-post-op-visits</a></p>

<p>価格：無料（投銭方式）</p>

<p>内容に関する注意：性別適合手術を中心に、トランス男性が直面することになる様々な問題を扱っています。</p>

<h3 id="あらすじ">あらすじ</h3>

<p>トランス男性のペイトンがSNSを見ていると、むかしのルームメイトのマーカスも最近トランス男性として胸部の性別適合手術（いわゆる胸オペ）を受けたことを知ります。最後に会ってから３年、長いあいだ連絡を取っておらず、そもそもマーカスがトランスジェンダーだとカミングアウトしていたこともはじめて知ったペイトンですが、思い切って連絡をとってみます。こうしてペイトンは術後に家で安静にしているマーカスの家を訪ねることになり、再びペイトンとマーカスの交流がはじまります。</p>

<p><img src="/assets/images/HomeVisit.png" alt="ゲームのスクリーンショット。部屋の中にソファーがあり、マーカスが座っている。ペイトンはその左に立っている。画面下部のダイアログ欄にはマーカス「そうするよ」と表示されている" title="ペイトン（左）とマーカス（右）" /></p>

<h3 id="ゲームについて">ゲームについて</h3>

<p>（以下の文章ではゲームの内容に触れています）</p>

<p>このゲームではトランス男性の経験が主なテーマとなっています。胸部の性別適合手術を終えたばかりのマーカスはさまざまな物理的・心理的困難に直面していて、ペイトンとの交流や会話を通じてそれらが具体的に描かれます。</p>

<p><img src="/assets/images/HomeVisit3.png" alt="ゲームのスクリーンショット。上と同じ状況で、ダイアログがマーカス「あー、それは、ありがとう。でも、じつは、さいきんあんまり集中できなくてさ。本も読めないんだよな」になっている" title="マーカス「あー、それは、ありがとう。でも、じつは、さいきんあんまり集中できなくてさ。本も読めないんだよな」" /></p>

<p>このようなテーマ選択には、作者の方の体験が反映されています。<a href="https://medium.com/@cdelbert/armin-littlerats-story-peyton-s-post-op-visits-observes-transmasculine-friends-69b03d658965">こちら</a>に作者へのインタビュー記事（英文）があります（たいへん読み応えがあっておすすめです）が、そこでは作者自身もトランス男性として性別適合手術を受けたということが語られています。そういった経験のなかでも特に大きかったのは、医療情報を集めているとしばしば、医療関係者のほうから（ほかの患者への参考にするために）どういった処置が効果があったかと質問を受けたことだそうです。自分の意見を尊重してくれるのはありがたいが、トランス関係の医療情報には未開拓の領域が大きいというのは不安なことでもあった。そういった際に助けになったのはほかのトランス男性からの情報だった。そのようなトランス男性どうしの交流を描いてみたかった、ということが先のインタビューでは語られています。</p>

<p>さらに、より大きな問題意識として、トランス男性の経験が（トランス女性と比較しても）あまり描かれない、という点も挙げられています。トランス女性が（その質はまちまちとはいえ）さまざまな表象を持っているのに対して、トランス男性はそもそも描かれることが少なく、また、トランス女性ほど峻烈な差別にさらされることも少ないとみなされがちなため、その困難も（トランスサポーティブな環境であっても）主張されにくいということを指摘しています。</p>

<p>じっさい作中でも、LGBTQ+コミュニティの人やほかのトランス男性からも懐疑的であったり好ましくない態度を取られることもある、という経験が描かれています。</p>

<p>また、トランス男性の多様性が描かれているところも特徴的かと思います。マーカスとペイトンは二人ともトランス男性ですが、自分の身体やジェンダーについての考え方は必ずしも同じではないことがわかります（どんなアイデンティティであっても当然のことですが）。それでも二人はお互いの価値観や判断を尊重しつつ、交流を深めていくのです。</p>

<p>作者の方はほかにもいくつかビジュアルノベルを公開しています。本作の続編で前日譚に当たる Marcus Comes Out Online も公開されており、ブラウザ上でプレイできます。題名の通り、マーカスがオンラインでトランス男性であることをカムアウトしたときの経験がテーマとなっています。こちらもぜひ見てみてください。</p>

<h3 id="参考リンクなど">参考リンクなど</h3>

<p>作者の方のゲーム一覧（itch）：<a href="https://littlerat.itch.io/">https://littlerat.itch.io/</a></p>

<p>文中でも紹介した作者インタビューは <a href="https://itch.io/b/1404/queer-games-bundle-2022">Queer Game Bundle 2022</a>（バンドルとしては販売終了）参加作品を対象にしたシリーズとなっています。ほかの作者の方たちのインタビューも面白いので、読んでみると気になるゲームが見つかるかもしれません。ここからインタビュー記事の一覧を見られます：<a href="https://medium.com/@cdelbert/the-queer-games-bundle-interview-series-4adba1128ed5">https://medium.com/@cdelbert/the-queer-games-bundle-interview-series-4adba1128ed5</a></p>

<p>近藤銀河『フェミニスト、ゲームやってる』（晶文社、2024年）ではこのゲームに一章が割かれています。光栄なことにこの翻訳にも言及いただきました。出版社サイトはこちらです（目次などがみられます）：<a href="https://www.shobunsha.co.jp/?p=8218">https://www.shobunsha.co.jp/?p=8218</a></p>]]></content><author><name></name></author><category term="Game" /><category term="日本語化" /><category term="ビジュアルノベル" /><category term="LGBTQ+" /><summary type="html"><![CDATA[itch.ioで公開されているビジュアルノベル、『ペイトンの術後訪問記（原題：Peyton’s Post-Op Visits）』を日本語化したので、ここで簡単にその内容を紹介したいと思います。今回は作者の方のお力添えもあって、公式にゲーム内に日本語を追加していただけました。]]></summary></entry></feed>