ペイトンの術後訪問記 Peyton's Post-Op Visits
itch.ioで公開されているビジュアルノベル、『ペイトンの術後訪問記(原題:Peyton's Post-Op Visits)』を日本語化したので、ここで簡単にその内容を紹介したいと思います。今回は作者の方のお力添えもあって、公式にゲーム内に日本語を追加していただけました。
ストアページ:https://littlerat.itch.io/peytons-post-op-visits
価格:無料(投銭方式)
内容に関しての注意:性別適合手術を中心に、トランス男性が直面することになる様々な問題を扱っています。
あらすじ
トランス男性のペイトンがSNSを見ていると、むかしのルームメイトのマーカスも最近トランス男性として胸部の性別適合手術(いわゆる胸オペ)を受けたことを知ります。最後に会ってから3年、長いあいだ連絡を取っておらず、そもそもマーカスがトランスジェンダーだとカミングアウトしていたこともはじめて知ったペイトンですが、思い切って連絡をとってみます。こうしてペイトンは術後に家で安静にしているマーカスの家を訪ねることになり、再びペイトンとマーカスの交流がはじまります。

ゲームについて
(以下の文章ではゲームの内容に触れています)
このゲームではトランス男性の経験が主なテーマとなっています。胸部の性別適合手術を終えたばかりのマーカスはさまざまな物理的・心理的困難に直面していて、ペイトンとの交流や会話を通じてそれらが具体的に描かれます。

このようなテーマ選択には、作者の方の体験が反映されています。こちらに作者へのインタビュー記事(英文)があります(たいへん読み応えがあっておすすめです)が、そこでは作者自身もトランス男性として性別適合手術を受けたということが語られています。そういった経験のなかでも特に大きかったのは、医療情報を集めているとしばしば、医療関係者のほうから(ほかの患者への参考にするために)どういった処置が効果があったかと質問を受けたことだそうです。自分の意見を尊重してくれるのはありがたいが、トランス関係の医療情報には未開拓の領域が大きいというのは不安なことでもあった。そういった際に助けになったのはほかのトランス男性からの情報だった。そのようなトランス男性どうしの交流を描いてみたかった、ということが先のインタビューでは語られています。
さらに、より大きな問題意識として、トランス男性の経験が(トランス女性と比較しても)あまり描かれない、という点も挙げられています。トランス女性が(その質はまちまちとはいえ)さまざまな表象を持っているのに対して、トランス男性はそもそも描かれることが少なく、また、トランス女性ほど峻烈な差別にさらされることも少ないとみなされがちなため、その困難も(トランスサポーティブな環境であっても)主張されにくいということを指摘しています。
じっさい作中でも、LGBTQ+コミュニティの人やほかのトランス男性からも懐疑的であったり好ましくない態度を取られることもある、という経験が描かれています。
また、トランス男性の多様性が描かれているところも特徴的かと思います。マーカスとペイトンは二人ともトランス男性ですが、自分の身体やジェンダーについての考え方は必ずしも同じではないことがわかります(どんなアイデンティティであっても当然のことですが)。それでも二人はお互いの価値観や判断を尊重しつつ、交流を深めていくのです。
作者の方はほかにもいくつかビジュアルノベルを公開しています。本作の続編で前日譚に当たる Marcus Comes Out Online も公開されており、ブラウザ上でプレイできます。題名の通り、マーカスがオンラインでトランス男性であることをカムアウトしたときの経験がテーマとなっています。こちらもぜひ見てみてください。
参考リンクなど
作者の方のゲーム一覧(itch):https://littlerat.itch.io/
文中でも紹介した作者インタビューは Queer Game Bundle 2022(バンドルとしては販売終了)参加作品を対象にしたシリーズとなっています。ほかの作者の方たちのインタビューも面白いので、読んでみると気になるゲームが見つかるかもしれません。ここからインタビュー記事の一覧を見られます:https://medium.com/@cdelbert/the-queer-games-bundle-interview-series-4adba1128ed5
近藤銀河さんの著作『フェミニスト、ゲームやってる』(晶文社、2024年)ではこのゲームに一章が割かれています。出版社サイトへのリンク(目次などがみられます):https://www.shobunsha.co.jp/?p=8218